一の谷の由来

一の谷は、四国山脈1,600mの山塊に囲い繞されたる吉野川奥支流第一の幽谷なり。
其の名は遠く源平の昔郡書に記されし鵯超の故戦史を偲ばしむるも故無き非ず。
則ち寿永の昔、屋島に敗れし平家の落人平家平の陣道を下りて此の渓に隠棲せり口碑に傅うる処なり。
其の中に有りし武者山内下七郎及び妻お芳に関わる口伝は弓引場踏詰めの石に残れり亦何時の頃かの合戦に矢数尽きて命脈窮まれる折、芳女咄嗟の機転に天井に貯え置し楮殻を板敷に投落し、其の音に矢数なお無尽の如く寄手の兵共を欺きて以て危急を遁れしことあり眩き走る敵兵の棄て去りし赤鞘数知れず、その語り歳と共に転じてさわだの地名となり今もこの渓に残る也平家武者七人首塚と称する蹟も在り。
遙けき平安の昔源平二氏が興亡盛衰の世を偲びて思弥深からしむ。

一の谷の由来